半径3メートルのラオス

ラオスでの日常や、その他のいろいろなことをブログに書いていきます。

モラハラを受けた記憶

今でこそ「モラハラ」という言葉が完全に定着した感があるが、

ちょっと昔までは、そんな言葉は知られてなかった。

 

おそらく、年の差婚の、なんでもないことが幸せだと思っていた方々の離婚騒動からだ、この言葉をよく聞くようになったのは。

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モラハラ」についてだけど、

付き合っている当時はそうは思わなかったけど、今思えばあれはモラハラだったなあ、と思える元交際相手が、私にはいる。

 

大学生の時、当時社会人になったばかりの男性と付き合った。

学生の私は、彼の断定的なものの言い方を、大人だ、かっこいいと思って尊敬していた。無知だったなあ。

彼は、「最近の若い人は」とか、「俺もこの歳になるとさ〜」とよく言っていた気がする。そう言っている彼自身は、当時20代前半だった。

 

余談だけど、その後の人生経験からも、彼を始め自分を必要以上に大きく見せようとする男には、若いくせにこういう事をよく言う傾向にあると思う。

そして、おっさんになったら「若いやつには負けてられない」「俺もまだまだいける」とか言い出す。おっさんになりたいのか、若くなりたいのか謎である。

 

彼とはおそらく2年位付き合ったはずだが、付き合っていくうちに、彼はだんだん私の全てに対して批判をするようになり、

最終的には、私が相手の話をきちんと聞かなかった、とか、車の中でお菓子を食べて食べかすをこぼした、などという些細なことで揚げ足を取って、私が泣き出すまで、数時間説教される、という事が多くなった。

 

「俺はお前のためを思って言っているんだ。お前が世間知らずで他人に非常識だと思われないよう、俺が教えてやってるんだ」

「わかるか?お前は病気なんだ」

などと言われ、当時まだウブだった私は

「私が悪いんだ。私は病気で非常識でだめな人間なんだ」

と自分を責めて、鬱状態になってしまった。

 

しかし、私が教育実習で忙しくなるため、彼と一ヶ月くらい連絡を取らなくなった時、その呪縛が解けた。

 

あれ?私、何かラクだな、あのブタがいないと。怒鳴られないし、否定されないし・・・。

 

と思った。

彼は小太りだったので、私は心の中で、「ブタ」というニックネームをつけていた。私も私である。

 

そして、高校生たちは私の授業は面白いと言ってくれるし、

恩師にも誉めてもらえるし、おや?私、実はできる人間なんでない?

 

とも思った。

 

本来、かなりの自信家であった私は、そこからすぐに自分を取り戻し、

 

教育実習が終わる最終日に、見計らって電話をかけてきたブタに、

 

「ねえ、別れたいんだけど。」

 

と言った。彼からすると、手下に謀反されたような気分だったかもしれない。

 

彼は自尊心が強かったので、「別れたくない」とも言えなかったようで、

「わかった。どうせ他に男ができたんだろう」

とまた私を非難にかかった。私は

 

「ううん、他に男はいなくて、あなたが嫌になったんだよ。」

 

と言い、電話を切った。その後、彼の番号を着信拒否にした。

 その後彼とは一切連絡を取っていない。

 

その後何年も経ってからモラハラという言葉を知り、あああれはモラハラだったんだ、と腑に落ちた気分になった。

 

今となっては大昔の話なので、正直あまり覚えていないし、彼を恨んだり、憎んだりする気持ちは特にない。

 

しかし、「類は友を呼ぶ」という言葉の通り、当時の私の主体性のなさが、ああいう人との付き合いを引き寄せたのだろうと思っている。

 

当時の私は、あまり自信がなく、生活には不満だらけ。かといって自分で人生をどうにか切り開いていってやる、という根性もなかった。

そして、恋愛に現実逃避した。誰かに幸せにしてもらいたい、私のことを分かって欲しいと思っていた。

そういう、責任転嫁や自己憐憫な気持ちでいた結果が、彼との恋愛だったのだろう。

 

馬鹿だったと思うけれど、あれはあれで仕方なかったなあ、とも思っている。

 

今は、私はラオスで楽しく暮らしている。まあ、これもそういう時期があってこそである。

 当時の私に、「私は今35歳だけど、ラオスで幸せにやっているよ。頑張れ」

と言えるものなら言ってあげたい。

 

そして、自信がなくて、他人に幸せにしてもらいたいと思っている女子がいれば、

過去の私のようになるのが関の山だから、やめたほうがいいよ、と言いたい。

自信を持って、人生を切り開いたほうがよっぽど幸せになれるよ、と言いたい。